雨を突き刺す弾丸

「で、確かキロはあんたのことウィサット、だっけ? って呼んでたね」
「そうです」
「まあ長いもんなー製造番号。ああそうそう、一応あんたの頭もちょこっといじったけど認識に不一致はないだろ?」
 ブラジェナの言葉にウィサットはしばらく沈黙したのちこくりと頷いた。頭脳回路の分析にはさほど時間はかからないのだろう、ブラジェナ自身いじった部分はそこまで多くはない。
 ウィサットの動作による返答を見て女は満足そうににんまりと笑った。
「誤作動が起きないかどうかと暴走コードは今も適用したままなのか確かめたいから開けた場所行くぞ」
「わかりました」
 従順に頷く姿はキロが彼をブラジェナの住処に連れてきたときから大きく変わっていた。剃り上がった頭にできた火傷痕を隠すため、特注の皮膚に髪を一本一本植毛させた。色については何も言われなかったからブラジェナが勝手にキロの髪色に似た淡い桜色に決めた。鏡を見せると機械人形に感情などないはずなのに、彼はどことなく嬉しそうにしていた、もちろん表情なんてこれっぽっちも変わってはいないのだが。
 さらにキロに南で着せられたらしい民族衣装を引き剥がし、北の環境に合ったコートを身につけるよう促すと、惜しげも無く全裸になった彼は一瞬動きを止めてしぶしぶブラジェナの指定した服を着た。無論全裸になったことを咎め――「なっ、女の前でそんな格好してんじゃねえよこの馬鹿!!!」「スパナが、あたったら、直すのは、ブラジェナです」「知ってるわ馬鹿が!! そんな格好キロの前でしてみろ、嫌われるぞ!!!」「………着替えます」――、ようやくメンテナンスが開始できたのは一週間前のことだ。
 メンテナンスの時点でとかく落ち着きのない彼の頭を一発はたくと、青い目をブラジェナにじっと向けてきたので仕方なく、キロからもらったのであろう彼女の額に巻かれていたものと同じ布を渡すと、安堵したようにそれを握りしめてメンテナンスを受けていた。外見だけならどう見ても二十四、五くらいの大男が、これだ。製造年月を改めて再確認したのもブラジェナは悪くはないだろう。
 すべての調整を終えてウィサットを連れ出した先でのことを、正直あまり考えていなかったのは本当だ。動作に異常が見られないか、回路の断絶は起きないか、さっきいった通り暴走コードは今も健在かを確認できればそれでよかったというのもある。だからこそウィサットがブラジェナに披露した圧倒的な力に頬を引きつらせることになったのだ。
「………あんたの製造者がものっそい気になってきたよアタシは……」
 ウィサットの武器は右手首を取り払い右前腕内部に埋め込まれた銃だ。銃口のサイズから威力のある散弾銃だと推測していたのだが、その予想は間違っていなかった。いつも銃弾を持ち歩いている様子もないことから気にしてはいたのだが、ウィサットが手を止めるまで無限に出てくることから体内で自動で銃弾を製造していることがわかった。わかったが、しかしこれはあまりにも高性能かつ驚異的なまでの攻撃性を保有しているということでもある。暴走コードにいたってはおそらく通常時の何十倍も銃弾作製時間が短縮されるだろうことは、安易に予想できた。
「製造者は、ぼくは、いえません」
「知ってるよ、故意的に消されてちゃあなー。てかまさかとは思うけどあんた左腕もそうとかいわないよな?」
「そう、とは?」
「右腕みたいに内部に銃があるってことだよ。まあそこまでいったらあんたの製造者は本気でキチガイを疑わざる負えないな」
 これほどの破壊力を秘めているのなら片腕だけで従来の目的は達成できるだろう。何度でもブラジェナの目の前に立ちはだかっていた人形の山は、今は跡形もなく塵となっており、ぶわりと吹き付ける風によって空中を舞っていた。あれほど彼女の内面を曝け出した異物は、ウィサットにとって一瞬で灰塵にできる程度のものなのだ。
 そんな当たり前のことにブラジェナはわずかに頬笑みながらちらと青年を振り返れば、彼は右腕で左手首の丸い骨にあたる部分をぽちりと押した。と同時にぽろんと左手が零れ落ち当たり前のような顔をして地面に転がった。無論骨のあるべきところには鋼鉄の黒さを讃えた銃口がある。今度こそブラジェナの顔が引きつった。
「あんたまさか暴走コード打ち込んだら両手使うわけ?」
 ウィサットはブラジェナの言葉の意味を捉え損なったといわんばかりにきょとんとした顔を自身の整備士に向けた。
「そのための、腕です」
「あー……うん、そうだよな。てか完璧に偏見で全身くまなくチェックしなかったアタシのミスだ。悪い」
「誤動作は、起きてません」
「知ってるよ、ただあんだけ身体いじくりまわされたのに点検ミスがあったなんて嫌だろ?」
 ふと脳裏にあいつの笑顔が、あいつの機体が浮かび上がって消えた。掻き消えた。掻き消した。
 ブラジェナが頭を振ったことに気がついているのかいないのか、ウィサットは落とした両手を見つめたまま動きはしなかった。その段階でブラジェナは当然のことを今更ながら思い至った。そうかウィサットは両腕を解放してしまうと手首は落ちたままなのだ。拾って帰ることもできない。
「その手首不便だな。なんか考えるか……」
「不便では、ないです」
 ウィサットの言葉など耳に入らずブラジェナはひとりしかめ面のままぼそぼそと何かをつぶやいている。考え始めると長いということはウィサットも重々承知していた。だからこそぼんやりと鉛色をたたえる空を見上げる。向いている方向が彼の姉がいる国であることなど、気が付きはしなかった。
「おや、ブラジェナじゃないか。こんな味気のないところで逢引かい?」
 ふと響いた声にブラジェナとウィサットは同時に背後を振り返った。二人がもと来た道から、てくてくといつも通りの底知れぬ笑みを讃えた表情で、サンディがひとりの男を伴って現れた。逢引なんかするわけないだろそう笑い飛ばすはずのブラジェナは、けれどサンディの背後にいた人物の顔を見た瞬間口をパクパクとさせて顔色を変える。そんな彼女に気付かぬままサンディはなぜか得意気に笑った。
「ジェナ、君もなかなか隅に置けないね。そんなに素敵な逢引相手がいるなんてどうして僕にいってくれなかったんだい? 僕と君の仲なのにひどいな」
「機械人形のこいつに恋するなんてそんな整備士いてたまるか――じゃなくて!! お、おい、そいつ……」
 もちろんブラジェナが指差した先にいるのはサンディの隣に立つ橙色の髪の男だ。ライオンのような毛並みといつもいつも綺麗に編み込まれていた三つ編み、水色の絵の具を水で解いて白を混ぜたような薄い瞳、かつてブラジェナたちのいた軍の女子寮で毎度のこと取り沙汰される甘いマスク。確か何人かブロマイドを大事に抱えてる馬鹿がいなかったっけ、そんなことを思い出しながら、ブラジェナは引きつった声を上げた。
「あんた………、あんた、シキミレツ、だろ」
 途端に男の少しだけ眠そうだった顔がはっとするほど厳しい表情へと変化した。そうだその顔は東邦大帝国軍で何度も何度も見たはずだ。遠いところでぼんやり眺めていたときも間近で侃々諤々と互いの意見をぶつけ合ったときもあった、あったはずのそのひとだ。昔と今で変わったことは表情と、それから高い鼻梁を横断するようにできた裂傷の痕だけだった。
「オレのこと、知ってるんですか」
「は? 知ってるも何もすっとぼけんなよ、あんたまさかアタシのこと忘れたってのか!?」
 ブラジェナの強い声に彼女の知っているシキミレツという男はまたも顔色を変えたが、サンディが間に入ったことによって浮かんでいた中途半端な声が吸い込まれた。
「落ち着いてくれ、ジェナ。というか少し聞きたいんだが、君は彼を知っているのか?」
「知っているも何もこんな有名人知らないやつなんていねえよ」
「有名人?」
 眉をひそめたサンディの緑の瞳を見つめながらブラジェナは鷹揚に頷く。
「シキミレツ大尉は東邦大帝国軍スピカのエースだよ。アタシが思いつく限り最高の翼乗りさ。つってもアルベルトもいるから二人でうちの軍の双璧だったけど、いや、待て違うそんなこたどうでもいい!! どうしてあんたがここにいるんだよ?」
 話している途中で赤い夕日を思わせる目が歪んでいく。らしくないブラジェナの様子にサンディは冷静な声で返すのかと思えば、けれど彼女もまたブラジェナの言葉に衝撃を受けたようだった。目を見開いたままわずかに硬直し、それからゆっくりとシキミレツを振り返る。しかし振り返った先にいた男は男で、ブラジェナの顔を見つめながら少しだけしょんぼりと落胆したような表情を浮かべただけだった。
「なぁ、まさか、おい……」
 ブラジェナの声が震えた。信じられなかった。あれほど優秀と持て囃されそして事実それに見合うだけの実績を上げそれでも慢心することのなかったこの男が。
「墜ち「その男性の、症状は、一時的な、記憶喪失、であると、見受けられます」は?」
 突然割り込む別の声に深刻な顔をしていた三人が三人ともぽかんと口を開けて振り返る。もちろんそこにいるのは忘れ去られたウィサットだ。機械の声とは思えないほど人間じみた音が単調そのものに告げる。
「自身の名前が、思い出せない、のは、何らかの衝撃を、脳が受けたことに、よるものです。サンディが、診察したん、でしょう。外傷が、目立たないなら、脳の傷が、問題です」
 そうなのか? と問うブラジェナにサンディは驚いた目をウィサットに向けつつ頷いた。
「ああ、そうだ。彼が地面に横たわっていたところをピオが保護して僕が助けた。名前だけどうにか思い出したばかりなんだ」
 もう一度ブラジェナはシキミを見た。失望や懇願や混ざり得ないものが混ざる複雑な感情を乗せた目を向けられて、シキミは唇の端をきつく噛む。
「あんたでさえ、墜ちたのか」
 彼にはわからない。わからないということを知っていながらそれでもブラジェナは顔を歪めずにはいられなかった。シキミレツは何ら悪くない、彼にこんな顔を向ける必要など欠片もない。本当に向けたい相手は自分自身だというのに、表情を変えることができなかった。
「ブラジェナ」
 ウィサットの声にちらとそちらに視線をやると、彼は地面に落ちたままの手首を目で指して、持っていて、くださいと相変わらず上手ではない言葉でつぶやく。シキミレツが背後でぎょっとしたことはわかったが、ウィサットが射撃する連続音とサンディの鋭い声に振り返る余裕はなくなった。
「お、おい、ジェナあれ!!」
 指差した先、ウィサットが両腕を向けたその先に、幻想的な白い雲が広がっている。ふわりふわりと揺れ動くその雲の下に、けれど異様な鋼鉄が際立っていた。その巨大な姿は、人工の西国にあるという研究所を彷彿とする鳥籠の形をしていた。ウィサットが構えた腕から何重にも重なって聞こえる撃音が響き、白い女の群れの前面にいた数体が姿を霧散させる。迷宮船の船長のいっていた言葉の通りだ。
「ウィサット!! あんたの弾に限りはあんのか!?」
 騒々しい射撃音に負けないよう声を張り上げて問いかけると、彼は目を白の群れに向けながらかすかに首を横に振った。でも、と、口が動く。
「材料切れが、心配です」
 声など聞こえないがどうにか聞き取ってブラジェナは舌打ちした。よりによって試運転中の襲撃とはついてない。ウィサットの攻撃に気がつかないはずもなく、白い群れは一斉にこちらへと飛びかかってきた。あったはずの距離があり得ない速度で縮められる。おいおい嘘だろと頬を引きつらせるブラジェナを余所に、後ろでは痴話喧嘩めいたものが繰り広げられていた。
「おい、レツ! 何で僕を担ぐんだ!!」
「サンディはここにいても役に立ちません。あなたは後方支援でしょ」
「それはもちろんそうだが!! しかし……! ってきゃぁあああっ!?」
 突如響いた甲高い悲鳴にブラジェナは愛用のスパナを握りしめた手を止めた。きゃあ?
 振り返った先でシキミレツが右肩にサンディをぶら下げており、迫ってきた白い女をどこに持っていたのか鉄パイプで横に薙いだ。途端に姿がぶわりと消えたがそれより何より今の悲鳴だ。ぶら下がった姿のままのサンディの黒髪の間からちらりと見える耳が真っ赤になっていた。
「ぎゃはははははは!!!!! きゃあ!? きゃあ!!! あはははっあははやっべえな、サンディあんたギャグセンス半端ねえよまじ惚れるわあはははっ!!」
 大声で笑い声を上げつつシキミレツの横に姿を見せた白い女に向けてスパナ一本目を勢い良く投擲する。某ツートーンカラーの同僚のおかげで投げ方は熟知したため、ブラジェナの狙い通りにそれは白い女にぶち当たった。またもや姿が掻き消える。本体がいないというのはどうやら本当のようだ。
 ウィサットがちらとこちらを向いたことに気がついたが視線がズレると照準もズレる。前見ろと怒鳴ればウィサットはわずかに肩をすくめて上空にいる女たちを撃墜させていた。
「うううううううるっさぁあああい!!!! レツは僕に構ってないで早く戦いたまえ!!」
「確実にあんたが邪魔だからだろ! シキミ、向こうの廃墟にそいつ放って来い! サンディはアタシの住処から鉛の入った箱持ってきてくれ!」
「ジェナ、あなたはそれで大丈夫なんですか? 戦えますか?」
 シキミレツの似合わない敬語に眉をしかめつつ安心しろ! と笑って見せる。正直に言うとそれはもう心配そのものではあったが、シキミレツはこくりと頷くとサンディを抱えたままその場から離れた。
「ウィサット、あいつらに当てないように狙われそうになったら撃ち落とせ!」
「わかりました」
 近づいてきた白い女を相手にへっと鼻で笑って仁王立ちをして見せる。格好がつかないなどというのは重々承知しているか、スパナとこっそりと持っているいくつかの酒瓶それから改造した高火力ライターさえあれば、ブラジェナのような元軍人にだって戦う術はあるのだ。
 ぶんと横薙ぎにされた脚を避けてギュインと一気に縮んだ鉄籠をがしりと掴む。そのまま強い力で引き寄せて地面へと叩きつければぶわりとまたもや姿が掻き消えた。次にやってきた女にはスパナをお見舞いしてやりもう片方の手で酒瓶を開け、もったいないという心の叫びを涙しながら受け入れつつ振りかぶった。ビシャッと女たち三人ほどの白いドレスにかかったのを見届ける間も無くライターを掴んで火をつけたままぶん投げる。ドレスに火が燃え移った瞬間姿が消えて、次から次へと女たちが押し寄せてきた。
「アタシがかっこいいのは知ってるけど女にモテたいなんていったこともなきゃ思ったこともねえよぉおおお!!! シキミィイイ早くバカサンディおいて帰ってこいいいい!!!!」
 ひとりでぎゃあぎゃあと喚きながらウィサットの背後に回る。ウィサットはというと両腕を駆使して上手い具合に二人から女たちを引き離しているようだった。
「サンディが、廃墟に、投げ込まれました」
「そいつぁ結構結構!! ウィサット援護射撃はもういいぜ、全滅させろ」
 さらりといった声を拾い上げてウィサットは少しだけ首を傾げる。一時的に手を止めたようだった。
「暴走コードを、打ったほうが、確実です」
「それで本当に暴走されたら手を打てないだろ。今の状況であんたが例えばこいつら全員消し炭にしたところで、そのあと疲れたアタシがあんたを止められると思ってんのかよ」
「三分で、全滅、させられます」
「おいさっき弾切れ近いっていったのはどこのどいつだよ! 今んとこどうなのよ」
 飛びかかってきた女の白い脚をまたもかなり低い姿勢で避けてスパナ四本目を顔面に向けて投げつける。目にぶつかったと思った瞬間当たり前のような顔をして消え失せ、二体目がヒールを閃かせたが、射撃音が頭上でしたと思えばウィサットの右腕から白い煙が出ていた。
「右腕が、切れました」
「回路は別物か。やばいな」
「サンディ!」「姉ちゃん!」
 飛び込んできた二人の声に、ブラジェナはとっさに立ち上がっていた。背中を鋭い何かが切り裂いてうぉと間の抜けた声が上がるが、気に留めない。即座に振り返りスパナの五本目を思いっきり横に薙いだ。
「ふっざけんなくそいてえだろ!!!! だぁあああちきしょう痛い!!! シキミでもピオでもサンディでもいいから誰か早く鉛持って来いやー!!!! あとサンディ死んだらあんたの酒はアタシのもんだから死ぬなよーー!!」

 *

「僕が死ぬわけないだろう!!!」
 そうサンディが大声で怒鳴り返すと彼女の身体の下にいる櫁レツはうるさいですと少しだけ不満そうに口を尖らせる。実に実に面白くない。
「また僕を担ぎ上げたな君は!! 僕は米俵じゃないぞ!!」
「姉ちゃんは今足手まといなんだから静かにして」
 弟のぴしゃりといつになくはっきりした声に、うっと言葉を詰まらせた。そうこの状況において最も役に立たないのはサンディだ。折角連れてきてもらっておきながら、いざブラジェナの住処に向かおうとした瞬間、レツとピオにびっくりするほどの連携プレーによって突き飛ばされたと思いきや、今度はライオンヘッドこと櫁レツの肩にぞんざいに担がれているわけである。
「わかった、僕が足手まといなのは認める。しかしレツ! いったん僕を下ろしてピオを手伝ったらどうなんだ!!」
「また逃げ出し損ねるんでしょう。できません」
「決めつけるな! 僕だってやればできる!」
「姉ちゃんなんだかそのセリフすっごく情けないよ……っと」
 サンディの場所からだとライオンヘッドの頭でピオがどうなっているのかがまったくわからない。そもそもどうしてこんなところにピオが現れたのかも不思議だ。
「ピオ、君はこんなところになんだって来たんだ? あとレツいい加減降ろせ、おとなしくしているから」
「言いましたからね」
 念を押されつつかなり雑に地面に転がされ、廃墟の埃を思いっきり吸い込んだ。げほりと咳き込みながら二人がいるほうを見ると、動き方が驚くほど違ってなかなかに面白い。記憶を失ったとはいえ身体に染み付いた動きは忘れてはいないのだろう、軍人だけはあってかレツの動きはきびきびとして無駄がない。対してピオのほうはというとできる限り自身の身体に傷を負わないよう、向かってくる力を受け流して最後に一発で落としている。手慣れた姿にサンディはひとり渋面になった。まったくこれで怪我なんかされたらたまったもんじゃない。
「で、ピオ、君はなんだってこんなところにいるのさ」
「ジェナさんにちょっと調べて欲しいことがあるってだいぶ前にいわれてたんだ。時間的にはもうちょい早かったんだけど、ベーコンのチェックしてたらこんな時間になっちゃって」
「その話をあれの前でするなよ、たかられるぞ」
「あれなんて友達をそんな風に言うのはどうなの、姉ちゃん?」
 ふんっと鼻を鳴らすサンディに独特なツートンの瞳を緩ませピオは苦笑しながらいう。その間にも二人は慣れたように白い女に一撃を加えていた。呆れるほど手慣れているのがなんだか憎たらしい。
「にしても、姉ちゃん、もしかしたらジェナさん怪我したかもしれない。すっごい叫んでる」
「叫べるほど元気なら問題ないさ。ジェナがそう簡単にくたばるわけがないだろう」
 *

「鉛!! 鉛が欲しい!! 今ならアタシ亜鉛中毒になれる!!! すごいぞ!!! 今何体倒したか覚えてるか?」
「二十一体です。ブラジェナが、倒した数は、六体です」
「まじかよお前の頭すごいな! てかいつからピオ出てきたんだよ!! あいつくるならもっとタイミングよく来いよな! 鉛持ってくるとかさぁああ!! 背中いてええええ!!」
 自分でもどうしてこんなに騒いでるのかわからぬままブラジェナはぎゃんぎゃん吠えていた。あちらこちらにかすり傷が増えており、汗までかいているが、彼女とは対照的にウィサットは涼しげな顔をして大した傷もないまま左腕一本で戦っていた。ウィサットが上空から撃墜し、それでも接近してきた白い女をブラジェナがぶちのめす。なかなかにいい組み合わせではあるのだが、如何せんブラジェナは軍から離れて三年も経っていた。考えたくもないが年齢だって体力が衰え始める時期だ。信じられない。
 不服そうなブラジェナの横でウィサットはふと動きを止めた。手首のあるべきところからは硝煙がもくもくと立ち上る。青い眼光が白い群れを通り抜けたどこかを目視していた。いつの間にやら暗さが増している。白い群れが増えているのかもしれない。
「おい、ウィサット? 手止めるなよ!!」
 動かなくなったウィサットに手を伸ばした白い女の腕を思いっきり叩くと、ぱっと姿が消える。どうも白い女の消滅基準がいまいちわからないとぶつくさ呟きながら、ブラジェナはまわりに目を光らせていた。
「ったくいきなり暗くなるしなんなんだよ……」
「わしのセンジュカンノーンが現れたからじゃな」
「へーえっておい!! あんたどっから出て来た!!!」
 突然真横から聞こえてきた声にブラジェナは飛びずさんばかりに驚いた。思いっきりぎょっと身を引いて、当たり前のような顔をして隣に立っている青いつなぎ姿の男を胡乱げな目で睨む。ぐしゃぐしゃの髪にヒゲまみれの顔面の中の丸眼鏡をきらーんと光らせた彼は、ガハハと笑い声をあげてさぁのうと宣った。
「まあ見ておるが良い、わしが作った最高傑作センジュカンノーンを! ちなみに塗装はソウ・ティエンルイ坊主による監修じゃ!」
「現れたもくそもどっから出てくるんだよそいつは!! あんたこのアタシをおちょくってんのか!!」
「なんじゃバカジェナは頭だけでなく目まで悪くなったのかの? 可哀想なのはオツムだけにしておいたほうがよいぞ、ほらあれじゃ」
「一言余計だ!」
 明らかに怪しい老人であるグロスビーはブラジェナの背後を指差した。そこはウィサットがじっと見つめていた方向だ。眉をしかめながら振り返り、上空に浮かぶ奇っ怪な姿を見た途端噎せて咳き込みながら叫んだ。
「っんじゃあれは!!!!!!」
 白いレースの群れのその向こう、太陽なんてものがあるのならきっとこんなにどぎつい金色ではないだろう、そう思わせるほど金ぴかの像が浮かび上がっていた。人間の形をしているように見えるが、しかし距離の遠さと背中だろう箇所や腕があるべき場所にわしゃりと生えた関節のある棒によって、人間とは言い難い姿をしている。さらに全身金色かと思いきや、顔らしき場所や身に纏ったひらひらとした衣が、目の覚めるようなピンクや青の入り混じった複雑なカラーリングになっていた。
 もはやぽかんと二人ならんで口を開けているブラジェナとウィサットを横目に、グロスビーは嬉々として自慢の作品について熱く語っていた。
「あれがわし史上最高にして最大の功績になり得る可能性を持つセンジュカンノーンじゃ!! ちなみにセンジュカンノーンのネーミングや造形は神国におけるセンジュカンノンとやらをモチーフにしておる。四十二本の手を持つ神のような存在らしゅうてな、もちろんわしのセンジュカンノーンにも四十二、手を備え付けた!! 内六本は肉弾戦用じゃが、その他すべて発射可能のロケットになっておってな、数本は追跡型ミサイルでもあるのじゃ!! 無論神の名にふさわしく飛ぶ様も美しくなるよう羽などというものはつけぬ、その身一つで飛んでいく、これこそじゃろう! ボディは飛ぶことができるよう重量は軽めにしているが、あの腕を支えうることができるのは「うおおおおおおい両肩からなんか出た!!!」……ったくひとの話を最後まで聞けぬかのう……。両肩には連射型の砲台が組み込まれておるのじゃ、一分間に弾き出す弾丸の数はおよそ百!! ふふん、さすがのわしでもこの腕前には惚れ惚れしたわい!」
 鼻高々にいい放つグロスビーを白い目で見てから、ブラジェナはウィサットの肩を叩いて聞いた。
「おいウィサットお前の片腕は一分間でどのくらい発射するんだ」
「約百五十です」
 言葉を見事に詰まらせたグロスビーをにやにやとした顔で見やると、彼はきっとブラジェナに向き直りウィサットを指差しながらふんっと鼻を鳴らした。
「しかしそやつはお主の作った人形ではないじゃろ!! お前が威張る権利はないぞ!!」
「うっせーたまたまでも今はこのアタシが整備してんだからアタシの功績だばーーーかばーーーか!!」
「お主が自前の人形を作ったらさぞやそやつより出来が良いんじゃろうな!!」
「あっあ、あああああったぼうよ!!! ブラジェナ様舐めんじゃねえよ!!」
 ぎゃんぎゃん喚く二人の横でウィサットの青い双眸に違う色が灯された。丸い瞳孔が急速に中心へと収束され、一本の棒が瞳の真ん中に浮かび上がる。解析モードに入ったようで、と同時に突然彼はつぶやいた。
「動く」
 耳が炸裂するかと思うほど豪快にガガガガガガガッッッという音が上空で弾けた。何度も聞いたウィサットの射撃音より数倍は音が大きく、ブラジェナがぎょっとしたように身を引く。グロスビーはというと満足げに突然明るくなった空を見上げて、やはりわしのセンジュカンノーンこそ最上じゃな! と叫んでいた。眼鏡の下の発光するかのようなピンクの瞳がきらきらしている。
「おいおいおいおい待てよどんだけ爆音なんだよ!! てかあれで百!? あ、いや違うかロケット搭載してるっつってたもんな。なんつうかもうさっきまでのアタシとこいつのがんばり何だったわけ? って感じだぞふざけんな最初から出てこい」
 ぶつくさと文句になりはじめる言葉を聞きながらグロスビーはガハハと楽しげに笑った。
「それはそうとお主さっき亜鉛中毒がどうのこうのといっておったな。ついに亜鉛に毒されてしまった悲しいお主にわしがこの度発明した中和剤をやろう!」
 ぐいぐいと押し付けてくる謎の錠剤を手ごと押し返しながらブラジェナは素っ気なく言い捨てた。
「いらんわ。それよりジジイ、センジュカンノーン? あれの滞空時間どれくらい?」
「わしの優しさに感謝して飲め。飲め」
「いらねーつってんだろ会話しろジジイ」
「ちっつまらんやつじゃのう……。センジュカンノーンは最長で四時間じゃったな、確か。ちなみにここまで来るのになかなかの馬力を使っておるから今は墜落寸前じゃ」
 ふんと鼻を鳴らしながら告げるグロスビーの目を見ながらブラジェナは頬を引きつらせた。何をすっとぼけたことをいっているんだろうこのジジイといわんばかりの顔である。ウィサットは我関せずとばかりにちらとサンディたちのいるほうへ視線を走らせ、白い女を遠くから的確に狙って撃ち落としていた。
「なんだよ助っ人じゃねえのかよ!!! どうすんだよ!! まだまだあの女湧いて出るぞ!! 鉛持ってねえのか鉛!!」
「鉛? そうじゃのう……、あやつの整備権を譲ってくれるなら考えてやらんこともないぞ?」
 グロスビーの襟首をつかんでガタガタさせていたブラジェナは、当人の言葉にぴたりと動きを止めた。はっと鼻で笑う目はいっそ火でもつきそうなほど鋭い。
「誰がやるか。ちっ仕方ねーな、ひとっ走りいってくるか」
 ぱっと手を放すとブラジェナはそのまま自身の住処のあるほうへと足の向きを変えた。しかしそれをグロスビーは押しとどめ、ふふんとやっぱり満足げに笑うのだ。
「その頃には、いや、もうすぐ終わるぞ」
「はぁ? どこがだよ」
 ブラジェナの言葉を食う形で、突如轟音が空で響いた。中途半端な高さの廃墟にぶつかって跳ね返る音が最終的に轟音の真下に立つ三人の元へと落ちてくる。地面がかすかに揺れてブラジェナは慌てたように身を屈めたが、ウィサットとグロスビーはしらっとした顔のまま空を見上げていた。
 先ほどまで白い女たちによって埋め尽くされていた空中には、もはやなに一つ残されていなかった。硝煙らしき灰色の煙がたゆたう以外には何の姿もない。ずっしりと覆っていた分厚い雲が一部分だけ薄れて、太陽の光がうっすらと射し込んでいた。
 本当に数分だけの間だったが、それは恐ろしいほどに美しかった。太陽などお目にかからないことが当然のこの北の土地で、ほんの一瞬でも光を感じられることができるなど誰が思ったことだろう。
 茫然としていたが、しかしブラジェナはふと綺麗まっさらになった空を見ながら首を傾げた。
「え、おい、ちょっと待て。センジュカンノーンはどこにいったんだ?」
「さぁのう……?」
「さぁのうじゃないだろう、爺様。君の機械人形が爆散したから、あの女たち全員消え失せたんだろう」
 声に三人が振り返ると、完璧に忘れ去られた形になっていたサンディ、シキミ、ピオが立っていた。サンディに怪我はなさそうだが、シキミやピオは擦り傷やら痣やらなんやらと無傷とは遠い姿をして立っていた。
 ブラジェナは呑気におうと手を上げ、そしてそのときになって、今の今まで忘れていた背中の傷が痛み始めた。奇妙な体勢のまま動きを止める彼女の背中をまったく悪気なく軽く叩いて、グロスビーは陽気に笑う。
「わしに借りがまたできたのう、バカジェナめ」
「グロスビー、ブラジェナは、背中に怪我を」
「え?」
「ウィサットそれは本当か? ピオ、悪いがまた君の家に邪魔するぞ」
「いつものことでしょ、姉ちゃんが僕の部屋使うのって。櫁さん、もしあれならジェナさんおんぶして行ってくれるかな? 僕は一応部屋整えに行くからさ」
「うるせえ歩けるわ……!! くっそグロスビーあんた今ので借り自体抹殺したからな……痛え……」
「無理すると死んじゃうかもしれませんよ?」
「なんでそんなに怖いことをけろっというんだあんたは!!! 本当別人だな!!」
「別人?」
「ああ、ピオそうだ聞いてくれ。喜ばしいことに我らが隣人櫁レツが何者かを、ブラジェナは知っていたんだよ。これはいいことだからお酒を用意しておいてくれたまえ!」
「姉ちゃんの金だからね。それじゃお先に」
「優しくないな弟よ……」
「グロスビー、僕の手を、持って行って、ください」
「ほうお主わしにそんなことを頼むか」
「はい」
「……なんじゃその目はバカジェナめ……。今とってきてやるわ」
 騒々しく会話を繰り広げながらピオの家へと向かう。彼のビルに入る前に、ウィサットがふと立ち止まり振り返った。
 いつの間にか空は曇天へと色を変えていた。先ほどの一瞬の光など見る影も無い。どんよりと重い空気の中に、しとしとと静かに雨が降り始める。打ち捨てられた機械人形たちの映像を再生しながら、自身の両手首を見下ろした。
 もう硝煙など立ち上ってはおらず、黒い銃口だけが肉の色によく映えていた。
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