そのやさしさがこそばゆい

「よォ、シウ」
 食堂で見慣れた小柄な姿を見かけ、トレイに山のような食器を載せたまま、彼女の隣に座っていた野郎を蹴飛ばして場所を奪って腰掛ける。シウと呼びかけた彼女はその深遠なまなざしを静かにこちらに向けて、うなずきながらいう。
「こんにちは、藤堂さん」
「飯食ってんのかァ? あいかわらずちまっけえなあ」
 いいながら長い白髪をぐしゃぐしゃとかけば、シウはわずかに目を細めてうなずいた。彼女のトレイには食べ終わったのだろうか、食事の済んだ食器が鎮座していた。残しているものはないわりに、なんでこんなにも彼女がちまっこいのか俺にはわからない。
 それもいのう、ってやつのせいなのかねえ。
 立花の野郎が研究していることをほのかに考えながら、けれど難しいことはこれっぽっちも考えられないまま、能天気に飯をかっ食らう。それともただ単に彼女のいでんし、ってえやらの問題か。
 むしゃむしゃと意地汚く食い散らかす俺を隣にしながら、シウは別段気にしてもいないようだった。ちらりと横目で窺えば、俺のトレイの上に山積みになったプリンに目が釘付けになっている。ガキそのものだなあと笑いながら、彼女の目の前においてやった。
「食うか?」
 透明の水のような瞳がこちらを映す。それは嫌いじゃない色だった。少なくともあのくせえ赤よりは万倍もましだった。
「……いいのか?」
「おう」
 そうぶっきらぼうにつぶやけば、ちらと一瞬だけ頬に赤みが増した。けれどそれは本当に一瞬で、瞬きをした瞬間には消えていた。シウらしいと思いながらがつがつと飯を食らう。同い年でありながら当然のように高い地位に上り詰めたこの友人を、嫌いではない自分がいた。
「藤堂さん」
「なんだァ」
「ありがとう」
 静かなぽとんと落ちるような言葉だった。うるっせえ食堂の中で今にも掻き消えてしまいそうなほど、単調で静かな声。
 らしいや、と笑った。
 本気になりゃあこいつらの声を掻き消すような声もだせんだろうが、そういうやつじゃない。そういうところは好きだ。ただ単調に何かをやり続けてるだけの俺を、責めることもねえから、楽だ。
「……むずがゆいこと平然というねェおめえはよお」
 照れ隠しなのかなんなのか、自分でも判然としないままシウの頭をまたくしゃくしゃっと撫でる。むろん汚してねえほうの手でだ。以前同僚にやったらぼっこぼこに殴られた経験は忘れてない。仕方なく食事をするときは片手を自由にしていた。
 シウは抵抗せずされるがままだった。そんなはたから見れば小さい二人がほのぼのと交流している図の前には、山のように乱雑かつ粗暴に積み上げられた食器がぐらぐらと揺れている。少しでも誰かがテーブルに足でも腰でも指でもぶつければ確実にこっちへ落ちてくることは予想がついていた。
 でも面倒だ、かったるい。というより俺らに近寄ろうとするやつらなんていねえだろうなと思っていた、のが間違いだった。
 とん、と軽くぶつかった誰かの体の一部によって、食器は見事に俺たちのほうへ落下し、平然と下敷きになることを避けた俺とシウの代わりに、かあいそうな後輩が下敷きになっていた。すさまじい騒音にシウとそろって顔をしかめる。
 すっとんできた料理長にがみがみ叱られてもう二度とあんたになんか飯作ってやるもんかいとキレられたときには、さすがに土下座でもなんでもして許してもらったが、なぜかシウだけは許されていた。いいねえ階級が上のやつはよォ。
 ふあーあと大あくびをかましているところを料理長に拳骨を落とされ、危うく舌をかみそうになったのに肩をすくめる。ようやっと解放されたときにゃあ、食堂にはぜんぜん人がいなかった。どんだけ後片付けさせられてたんだよ、おいおい。
「藤堂さん」
 まだいたのかと若干驚きながら振り返る。シウは澄んだまなざしをこちらに向けて、そこに平然と立っていた。衣服が先ほどとは違うということは、やはりさっきの騒動でいったん自室に戻ったのだろう。
「なんだァ?」
「……プリン、一緒に食べよう」
 いった彼女の手には、俺がさっきやったプリンがあった。変なやつ。
 こいつもそうだ、変なやつだ。軍の中にいる、俺にいろいろくれたり、俺を咎めたりしないやつら。
 それがなんだかむずがゆく、俺はぎゃははと下卑た笑い声でごまかした。
「そんなんじゃ足りねえよォ、馬鹿シウ」
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